セカンドライフで文化の違いを知る

うじやす

2010年05月14日 07:48




「日本のオンラインゲーム市場は失敗した」――ソウル中央大学ウィ教授が語る,オンラインゲームの危機 4Gamer.net
というところでセカンドライフが取り上げられていました。部分的にですけど。

そこで教授が話すにはアジアと欧米の仮想世界に対する向き合い方の相違といったものの分析をされていました。

欧米 =過程重視
 アジア=目的,結果重視
 日本 =北米とアジアの中間


アジアのプレイヤーには、はっきりとした目的がないゲームは合わないのではないかと。

そしてセカンドライフは北米ならではの」コンテンツでアジアでは生まれにくい類のコンテンツだと。その辺りの思想の違いには,ややコンプレックスを抱いてしまうと教授は言います。

「端的に言うと,「コア部分」だけを掌握してほかを他者に任せるビジネスモデル,ということになるでしょうか。IBM社におけるPC戦略だとかもそうなのですが,アメリカの企業の特徴は,コア部分をしっかりと押さえたうえで,ほかの細かいサービスを他者の自由にさせてしまう,というところです。これは,他の部分がどうでもいい,という意味ではないんですね。むしろ,画一的な規格の製品では満足しない文化,精神が根強いためにこういうことが起こる。」

これは最近のアップル社なんかを見ていると顕著であると納得できます。

「発想という意味では,自ら考えに制限を設けてしまっているのがアジアです」


更にゲーム規制などの論議が起きがちな日本や韓国の実情については


「これは教育の現場でもそうなのですが,何か子供に良くないことがあると,すぐに国や社会のせいにしたがるんですよね。これは,日本や韓国の社会の悪い癖だと思いますね。そもそも子供というのは,基本的に親を見て育つものです。一番身近にいる人間が親なのですから,これは当たり前。教育というのは,まず親があって,その次に学校や社会というものがあるわけです。」


「例えば,Second Lifeを遊んでいれば,他人に騙されることもあるかもしれません。けれど,私はそれは「経験」じゃないか,とも思うんですよね。「ああ,世の中ってこんなもんだ」と学ぶことができる。「次は気をつけよう」と考えることができる。そりゃ,出会い系サイトなどを使った援助交際とかにまでいくと駄目ですけれど。ある程度なら,放任すべきなのではないか,と。」

ともすればセカンドライフに完成品を求めがちな日本人ではあります。

しかし欧米の考えではユーザーが作っていくものという考えが強い。

定食を好むアジア人とアラカルトの組み合わせを好む欧米との違いとも言えるんでしょうか。

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