2009年04月25日
余白

Reraの東側を思い切って山を下げて見通し良くしました。夕日が思いっきり見えます。
夕日を眺めてなぜ心が和むんだろう?
電気が無かった頃、人は日没と同時に仕事も終えたのだと思います。
そして今とは比較にならないほどの闇の世界になります。
ほっとする瞬間、それが日暮れ時というのは元々長い間人々が生きてきた上でのキツい労働から開放される区切りとなる
目安だったのでしょうね。

日が沈む方角に極楽浄土があるとは仏教ではよく言われます。
しかしそれは東洋に限らず、夕日を見て何か想うことは人類共通でしょう。
しかも夕日の存在の大きさに、周囲に何があるかなどはあまり考えません。

むしろ何か付け足そうというのはかえって邪魔という気がしてきました。
何も無いのに何か心に迫るものがある・・・
ここはこのまま何も置かないで置きましょう^^
余白もあっていいでしょう。
Posted by うじやす at 21:58│Comments(0)
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